シルヴィア ウィーンバレエ

シルヴィア

 

振付:ルイ・メラント 

作曲:レオ・ドリーブ

台本:J・バルビエ &B・ド・ライナッハ

 

あらすじ

 

第1幕:聖なる森

物語は、森の精たちがエロスの前で踊る礼拝の場面から始まる。身分の低い羊飼いのアミンタは誤ってこの場に踏み込み、儀式を台無しにしてしまう。この時、アミンタが思いを寄せるシルヴィアが従者達をつれて、この恋の神を嘲るためにやってくる。アミンタは身を隠そうとするが、シルヴィアはすぐに追跡者に気づき、怒ってエロスに矢を向ける。アミンタはこの神を庇い、傷ついて倒れる。今度はエロスがシルヴィアを射る。シルヴィアは矢に当たり、それほど酷く傷つきはしなかったものの、その場を去る。

同じようにシルヴィアを見ていた狩人のオリオンが現れ、倒れて動かなくなったアミンタを見て祝うような様子を見せる。オリオンはシルヴィアが戻ってくるのを見てまた姿を隠す。この時シルヴィアはアミンタに対し同情心を抱いていたのである。彼女は犠牲者に対して哀歌を歌っている時、オリオンによって連れ去られる。農民達はアミンタの亡骸を見て嘆き悲しむが、やがて外套をまとったエロスが彼を甦らせる。エロスは正体を明かし、アミンタにオリオンの行為を伝える。

 

第2幕:オリオンの島の洞窟

オリオンの島の隠れ家に捕らえられたシルヴィアは、オリオンに酒や宝石で誘惑されるが、それらは何の役にも立たない。シルヴィアはアミンタのことを嘆き悲しみ、胸から引き抜かれた矢を愛おしむ。オリオンがその矢を彼女から奪うと、シルヴィアは略奪者を酔わせて正体をなくさせ、矢を取り返してエロスに助けを求める。彼女の祈りに応えてエロスはすぐに現れ、アミンタが彼女を待ちわびている様子を見せる。2人はシルヴィアの恋人の待つディアナの神殿へと向かう。

 

第3幕:ディアナの神殿近くの海岸

アミンタはシルヴィアを見つけるためにバッカス祭の行われているディアナの神殿に着くが、シルヴィアはいない。しかしシルヴィアは間もなくエロスとともに到着するところであった。歓喜と再開の瞬間の後、シルヴィアを探すオリオンが現れる。オリオンとアミンタの決闘。シルヴィアはディアナの神殿に身を隠し、オリオンは後を追いかけようとする。狩りの女神ディアナはこの行為に憤り、オリオンを打ちのめし、続いてアミンタとシルヴィアの交際を否定する。情け深いエロスはディアナにある光景を見せる。女神は、自分の若い恋人で、やはり羊飼いであったエンデュミオンのことを思い出す。ディアナは考えを変え、命令を取り消す。アミンタとシルヴィアは良き神意のもとで結ばれる。

プログラムとキャスト

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ウィーン国立歌劇場

 

EUROPERA Ticketではウィーン国立歌劇場のチケットのご予約を承ります。

ご予約いただいたチケットは劇場、又はオペラ座すぐ隣に我々のオフィスでお受け取り頂けます。

又、ウィーンで開催されるクラシックコンサートは勿論、ご希望であればオペラ座近くのホテルやレストランのご予約も可能です。

連絡先

住所:Operring 4, A-1010, Wien

電話:+43 19688622

メール  : office@vienna-concert.com 

 

 

公共交通機関

地下鉄: U1、U2 、 U4
トラム: 1 、 2、D 、62 
バス: 59A
停車駅:カールスプラッツ/オペラ Karlsplatz/Oper
タクシースタンドが近くにあります。又、公演終了時にはタクシーが劇場前に待機しています。ホテルまでのお帰りがご心配な方にはタクシーのご利用をお勧めします。



歴史


ウィーン国立歌劇場はウィーン造形アカデミーの建築家アウグスト・シカート・フォン・ジッカルツブルクとエドゥアルト・ファン・デア・ニルが共作で設計し、1869年5月25日、当時の皇帝フランツ·ヨーゼフと皇后エリザベートの存在下で、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」により盛大にこけら落としが行われました。

 

フランツ·フォン·ディンゲルシュテット(劇場支配人・詩人)、ヨハン・ヘルベック(指揮者・作曲家)、フランツ・ヤウナー(演出家・劇場支配人)、ヴィルヘルム・ヤーン(指揮者)などの芸術的影響を受け、オペラ座の人気は益々高まっていきました。1897年に総監督となったグスタフ・マーラーは、古い上演システムを改新し、新しい舞台芸術を取り入れ、新世代歌手を積極的に起用するなどの第一次改革を行い、その後後継者たちにも引き継がれていきました。

又、マーラーはそれまでオペレッタを上演しなかったオペラ座にヨハン・シュトラウスの「こうもり」を正式なレパートリーとしました。

 

20世紀になると、総監督のリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」(1916年10月4日)や「影のない女」(1919年10月10日)の初演が行われます。

 

第二次世界大戦中、1938年から1945年年間はオペラ座暗い時代を迎えます。ナチスの下で多くの団員が追放・殺害され、様々な作品が上演禁止になりました。

1945年3月12日、連合軍の爆撃により舞台は破壊され、建物は火災に遭います。その後、ウィーン・フォルクスオーパーやアン・デア・テアーターウィーン劇場が仮の拠点となり、1955年11月5日カール・ベームによる「フィディオ」の上演で再開を果たします。

1956年に芸術監督に就任したヘルベルト・フォン・カラヤンはイタリア語やその他の外国語作品もドイツ語による上演を行ってきたそれまでの慣例を破り、原語上演の方針を導入し、これはその後ドイツその他の大劇場にも波及しました。

 

今日ウィーン国立歌劇場は、多大なレパートリーが故世界で最も重要なオペラ座の一つとみなされています。

 

2010年9月1日以来、音楽監督はフランツウェルザー=メスト、音楽総監督はドミニクマイヤー。

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